第70号 とんでもない選挙結果だった

昔あったづもな通信 第70号
小澤俊夫

とんでもない選挙結果だった
 だが、いろいろな意味で、これが現在の日本の正確な状況なのだ。
森友・加計問題であれだけ疑問が出ていたのに、当事者である安倍首相を勝たせた。北朝鮮の脅威をまくし立てて恐怖心をあおる戦略にまんまと引っかかって、「日本を守る」などという嘘の宣伝にまんまと乗ってしまった。消費税を上げて、教育の無償化をするという、見え見えの飴にみんな飛びついてしまった。消費税を上げなくたって、大企業と富裕層への課税で教育の無償化はできるのに。
こんな簡単なだましに簡単にひっかけられる国民なのだということが、はっきりわかった。そういう国で、これから、言論の自由と平和憲法を守っていくにはどうしたらいいのか。
 日本会議に連なる極右の政治家、神社、お寺、職業団体は、庶民の生活の隅々に浸透している。今回の選挙でも、お祭りで神社に行ったら、神主さんが自民党支持を訴える挨拶をしたという体験談を聞いた。そういうレベルの政治運動に対して、われわれはどう戦っていくべきなのか。
 マスコミの態度も怪しかった。マスコミの力不足が一番露呈したのが、北朝鮮の脅威に対する態度だったと思う。安倍首相が「日本を守る」と叫んでいるのは、明らかに現在の北朝鮮のミサイル発射に対する日本人の不安感をあおるものだった。そしてそれは明らかに成功した。
Jアラームが発令され、子どもたちが防空頭巾をかぶって机の下に潜り込む姿が繰り返しテレビで流された。ぼくは、戦争中、「B29爆撃機に竹槍でたち迎え」と真面目くさって命令した軍人たちと同じ滑稽さを感じたのだが、こんな光景を初めてみた現在の多くの日本国民は、恐怖心を十分植え付けられただろう。そこへ、安倍首相が「日本を守る」と叫んだのだから、効果抜群だった。
北朝鮮のミサイル発射については、マスコミは事の本質を冷静に解説すべきだったのではないか。つまり、アメリカは、自分は核兵器を持ちながら、北朝鮮には持つことを許さないのである。北朝鮮は、イラクやリビヤがアメリカによってつぶされたのは、核兵器を持っていなかったからだと確信している。だから、核兵器を持っていればアメリカは攻めてこないだろうと考えている。つまり核の均衡状態があれば、アメリカにつぶされることはない、と信じているのだ。これは金主席の発言でよくわかる
しかも、核兵器は、超大国だけでなくインド、パキスタンなども持っているのである。北朝鮮もその核保有国に仲間入りをしたいのだ。それならば、北朝鮮にも核兵器の保有を認めて、世界の核保有国仲間に入れて、平和的関係国にして、核兵器を絶対に使わせない関係を築いくのが、外交というものではないのか。
そういう外交の可能性があるのに、安倍首相は全く言わないし、日本のマスコミもそれにほとんど触れない。韓国は、万が一北朝鮮が恐怖に駆られて核攻撃をし、戦争が始まったら、国が破滅することを知っているから、今でも外交交渉の必要性を唱えている。国民の間にも、トランプ訪問を拒否する強いデモンストレーションが起きた。
安倍首相の率いる日本政府は、アメリカに忠実であることばかり考えていて、アメリカの言うとおりにしていれば、「日本を守れる」と信じ込んでいる。だが、万が一、北朝鮮が追いつめられてミサイルを発射する場合には、アメリカ軍の基地がある沖縄がまず狙われることは確実である。本土にある基地も当然狙われる。それは普通の爆弾ではない。被害は広島、長崎と同じようになるのである。この危険が差し迫っているのに、アメリカの尻馬に乗って「北朝鮮への締め付けを強めよう」などと言う安倍首相とその政府にあきれる。それを強くいさめない日本のマスコミにも強い不信感を持つ。
その根底に、ぼくはふたつのことを感じ取っている。ふたつとも、残念ながら日本国民の心情の底の方に流れている弱点なのである。
ひとつは、朝鮮人に対する侮蔑の感情。日本は長いこと朝鮮を属国にしてきた。そこには強い侮蔑の感情が働いてきた。敗戦後はその感情は捨てたはずだが、北朝鮮に対してはまだ残っているように思う。韓国に対しては自由国家ということで連帯感が生まれているが、それでもあの「従軍慰安婦」に関しては認めようとしない。いわんや、北朝鮮に対しては、共産主義国家ということと重なって嫌悪感が先行してしまう。その嫌悪感を根底としてミサイル問題を考えるから、政治情勢の正確な判断ができなくなっているのだと思う。マスコミを含めて。 
もうひとつは、日中戦争から太平洋戦争を通じてずっとあった「長期的な、戦略的考察の欠如」である。日中戦争、太平洋戦争を通してロングスパンで考えてみると、日本政府と大本営は当時の日本の実力として絶対に不可能なことをしてきたことがわかる。昭和十二年(一九三七年)北京郊外の盧溝橋ではじめた日中戦争を、あの広大な中国本土全体に拡大してしまった。奥地の大都市、重慶まで爆撃した。日本の軍隊の規模から考えて到底カバーしきれない広大な土地を支配しようとした。あの広い中国で、中国軍を制圧し、中国政府を負かすことなど、普通に考えても不可能なことである。それを四年間も継続して国力を消耗した挙句、昭和十六年(一九四一年)アメリカを相手に真珠湾攻撃を仕掛けたのである。マレーシア半島とかフランス領インドシナ(現在のベトナムなど)を制圧することはできた。だが、その後、フィリッピン、インドネシアと戦線を広めるにしたがって武器弾薬の補給がうまくいかなくなった。制海権、制空権を連合国側に握られるようになり、本国からの軍隊の輸送も潜水艦に攻撃されて、無数の兵士が、戦地に着く前に海の藻屑と消えた。ガダルカナル島での日本軍の全滅は、当然の帰結だったのだ。だが大本営はそれを「戦略的方向転換」と言った。
先年、天皇陛下御夫婦が慰霊に行かれたリシュリュウ島は、日本から約三千キロも離れた島である。資源の乏しい日本が、三千キロも離れたいくつもの島に、制海権、制空権を敵に握られた状態で、多数の兵隊を送り、十分な補給ができるとは、誰も考えないのではないか。だが、大本営はそれを実行したのである。そこには、国家として不可欠な「長期的な、戦略的考察」が全くなかった。
ビルマ戦線についても同じだった。連合国から重慶への援助ルートを切断するという目的で、ビルマの北西部の都市、インパール攻略を計画し、実行した。数千キロの山岳地帯を進撃した。食料にするための豚や牛の背中に武器と弾薬を積んでいったという。ところが空襲にあうと、豚や牛は逃走し、食料と武器弾薬をいっぺんに失ったこともあるという。インパール攻撃どころか、日本の兵隊は、約三万人が餓死あるいは病死したという。(インパール作戦の悲惨な事実については、珍しくNHKがスペシャルで放映したことがある。)
ここでも長期的な、戦略的考察がないのである。当時のトップクラスの参謀たちが合議したはずなのに。
この大きな、基本的な弱点が今でもあちこちに顔を出す。北朝鮮の核兵器獲得の衝動の根源を見ようとしない。アメリカが核兵器を独占しようとしている悪辣な計画を見破ろうとしない。それどころか、いまだにアメリカにくっついていれば安全だと信じ込んでいる。それが、現在の安倍首相のトランプ大統領に対する振る舞いにはっきり表れている。あの媚びた振る舞いが、外国のメディアでは皮肉っぽく扱われているのに。
こんな安倍首相をいつまでも政権の座においてはいけない。次の選挙に向けて、われわれ国民は何をするべきなのか、急ぎ考えなくてはならない。(2017.11.11)
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第69号「安倍首相を退陣に追い込もう、日本の未来のために」

昔あったづもな通信第69号
小澤俊夫
安倍首相を退陣に追い込もう、日本の未来のために
 森友疑惑、加計疑惑の審議では、関係者に「記憶にございません」と答弁させた安倍首相一派。国民のほとんどが「裏があったに違いない」と思っているのに、これで隠しおおせたと思っている安倍首相一派。「国民に納得いくように丁寧に説明していく」と総理大臣としていいながら、何も説明しないで、野党の準備ができていないうちと、突然議会を解散させた安倍首相。Jアラートを発令して、国民に北朝鮮への恐怖心をあおっておきながら、平気で総選挙という政治的空白を作る安倍首相一派。
 そして、従来の憲法解釈を一内閣で簡単に変更して海外派兵を可能にした安保法、国民を監視のもとに置く共謀罪法、そして平和憲法の改悪計画。
 こういう安倍首相とその一派が日本の政治を勝手に動かしていることこそが、「国難」である。
 この選挙では、自民・公明に過半数をとらせてはいけない。「ではどの党に入れるの?」と悩んでいる人がいるかもしれない。だが、答えははっきりしている。「立憲民主党と社民党と共産党の統一候補に投票すること」である。民進党から、憲法改悪、原発容認の連中は希望の党へ逃げていった。これですっきりした。今まで民進党が曖昧だったのは、前原代表のように「本音は自民党好き」の連中がいたからだったのだ。
 小池都知事は自民党にいたのに、舛添都知事のスキャンダルの隙にうまく立ち回って都知事になった。そして築地市場の豊洲への移転問題で世間の注目を集めた。だが国レベルの政治が動き始めると、移転問題は放ったらかしにして、新党を作ってみせた。しかし、都知事だから党首になって首相の座を狙うことはできないことに気付いた。それで希望の党は、なんと、首相候補なしで総選挙に臨んでいるのである。世界中の政党の歴史の中で、前代未聞だろう。
 しかも、小池知事の政治姿勢は、安倍政治にピリオドを打つと言いながら、憲法改正必要論であり、原発容認論なのである。これはまさに、安倍首相一派の補完勢力に他ならない。選挙後にはそのことがはっきりするだろう。
 立憲民主、社民、共産は党本部レベルでも、各選挙区レベルでも、統一候補擁立が進んでいる。われわれも、統一候補の当選にむけてみんなで力を尽くそう。選挙というものは、各選挙区でどう動くかが大事なので、みんなで、自分の選挙区でできるだけのことをしよう。
 この三党の誰かが通ったら、拍手し、声をかけて励まそう。知人と、この三党の候補者のことを話そう。もちろん、チラシ配りとか、ポスター張りとかも可能なら手伝おう。
 だが、共産党に対してはアレルギーを持っている人が多いと思う。ソ連や東ドイツの共産政権の悪辣な専制政治を聞き知っているからである。だが、働く庶民の生活を守り、基本的な生きる権利を守ろうという社会主義本来の思想は、人類が本来目指すべき思想である。現在の日本の共産党は、かつての非人道的な共産主義政権を目指してはいない。それは完全に否定されている。現在の日本の共産党は、共産主義本来の思想によって立つ政党である。
 現在の日本で共産主義革命が起きることは考えられない。そのことは、日本共産党が反安倍政権の戦いをする社民党、立憲民主党と政策協議をして、選挙区ごとに統一候補を立てていることを見ればわかる。われわれ選挙する側は、打倒安倍政権を実現するために、立憲民主、社民、共産の三党統一候補に投票しようではないか。
 この選挙が、日本の近い未来の姿を決めるだろう。つまり今の子どもたちが生きる日本の姿を。「昔は平和憲法なんてものがあったんだってね」。「その頃は言論の自由があったんだってね」。「言論の自由ってなに?」子どもたちがそんな話をしなければならない日本にしてはいけない。
 現在の平和憲法を失ったら、日本という国は二度と再び平和憲法をもつことは不可能である。何故なら、今の平和憲法は、約三百万人の日本人が殺され、約三千万人のアジア人が殺されてやっとできた憲法なのである。今後、そのような大戦争を日本は経験するだろうか。おそらくしないだろう。もし戦争を経験するとしたら、ほとんど全滅して、憲法さえ作れなくなるだろう。
 日本は今、重大な岐路に立っている。われわれの一票が日本を決めることになる。みんなで力を尽くそう。(2017.10.13)

第68号「政局は揺れても、護憲の候補者・政党を守ろう」

昔あったづもな通信第68号 
小澤俊夫
政局は揺れても、護憲の候補者・政党を守ろう
 小池知事は打倒安倍政権かと見せて、実は自分たちが有力な補完勢力になりたいだけだったことがばれてしまった。哀れなのは民進党。前原を代表にしてしまったから、前原に党を消滅させる道を拓いてしまった。
 だが、民進党の枝野、辻元、阿部知子らは護憲を掲げ、戦争国家を否定する新党「立憲民主党」の立ち上げを表明した。社民党、共産党と手を組むことになるだろう。
世の風当たりは強いだろうが、ぜひ頑張ってもらいたいと思っている。みんなで、それぞれの選挙区で、この人たちを支持しよう。
 日本という国全体が、ずしりと右へ移動した。こういう事態だからこそ、戦争諸法反対、護憲の声がますます大事になった。
 選挙が差し迫ってきた。周りの人たちにも呼び掛けて、枝野たちの立憲民主党、社民党、共産党の候補者を支持しよう。共産党という名前を嫌う人がいるが、いまや共産革命なんてありえないこと。心配することはない。それよりも、安倍首相一派を追いだすことが一番大事なこと。
 この選挙がこれからの日本に大きく影響する。ほんとうに危険なことになってきた。みんなで頑張ろう。(2017.10.3)

第67号「今度の選挙では、各選挙区で野党連合を作らせて、自民・公明党の議席を奪わなければならない」

昔あったづもな通信第67号
小澤俊夫
 ずいぶん長いこと、音信不通になってしまった。25年続けている昔ばなし大学の再話研究の成果、1101話を上梓するべく、編纂作業に入っているので、この通信まで手が回らなかった。その間に世界と日本の政治情勢は緊張の度を増してきてしまった。
 安倍首相が臨時国会召集の日に議会を解散するという。昨日の会見では、消費税の増税分を教育費に充てるとか、「基礎的財政収支」を20年度に黒字化するという政府目標は達成困難とか、長々と述べていたが、森友問題、加計問題の追及から逃れようとし、野党の混乱に付け込もうとする魂胆であることは、誰の目にも明らかである。安倍首相本人も、これで国民を騙せるとは思っていないだろう。それでも、とにかく解散して、野党の混乱に付け込んで選挙に勝てばいいのである。何と下劣な人間なんだろう。プライドは全くない。
 憲法53条は、衆議員、参議院いずれかの総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は国会の召集を決定しなければならないと定めている。わずか四分の一の議員の要求があれば開会しなければならないという定めは、国会重視の表れに他ならない。森友・加計問題で野党はそろって国会開会を要求し続けてきた。それを全く無視しておいて、今、野党がゆらいでいるのを絶好のチャンスととらえて、国会解散を強行するのである。
 北朝鮮がミサイルを発射したといってJアラートを発令した。一部のJRは運航を停止し、学校では子どもたちが防空頭巾をかぶって机の下にもぐらされた。ぼくはこの措置自体がナンセンスで、ただただ国民に北朝鮮への敵意をかりたてるための悪質な計略だったと思う。国民にそれだけ恐怖心と敵意を植え付けておきながら、直後のこの時期に総選挙による政治的空白を平気で作るとは、全く悪質である。愚かではない。巧妙に考えられた悪質な政治手法である。
 こんな人間に政治をまかせていてはいけない。今度の選挙では、各選挙区で野党連合を作らせて、自民・公明党の議席を奪わなければならない。
 民進党の中には、共産党との候補者調整を拒否する者がいるそうだが、あまりにも小心である。候補者を調整しなければ負けることは火を見るよりあきらかである。われわれ投票者たちは、各選挙区の政党支部に、党中央の決定がどうであろうと、その地区での候補者調整を必ず行うよう要求していこう。聞くところによると、熊本では、民進党と共産党で候補者調整が成立したようである。そこには、市民の強い力が働いたということだ。
 われわれ一人の力は弱いようだけれど、選挙は、その一人一人の力が集まって、強い力になるのだから、あきらめずに、野党たちに、候補者調整を要求していこう。グループを作って政党支部とか候補者自身に申し入れるのもいいし、個人で申し入れるのもいい。選挙民のなかに候補者調整を要求する声が強いことを政党支部に気づかせよう。子どもたちに平和な日本を残してやるために、みんなでそういう具体的な行動に踏み出そう。(2017.9.26)

第66号「平和国家として生きるために克服すべきことがある」

昔あったづもな通信 第66号  
小澤俊夫

平和国家として生きるために克服すべきことがある
 前号で書いたように、日本が平和国家として生きる道を野党が具体的に提示しない限り、選挙での勝利はほとんど望めないと思う。平和国家として生き抜くためには、諸外国と平和的な強い結びつきを築いておかなければならないのは当然である。文化、経済、科学、医学、そして広く庶民間で信頼関係を築いておかなければならないことは誰でもわかる。特に近隣諸国との関係が重要なのである。紛争はほとんど近隣国の間で発生しているからである。近隣国に、「日本は平和国家として信頼が置ける」と評価してもらえないと、平和国家は成り立たない。
 日本の場合には韓国、北朝鮮、ロシア、台湾、中国、そして東南アジア諸国との関係が重要である。これら諸国と日本は、つい70年前までは対立関係、又は戦争関係にあった。
 今後、永久に友好関係を持ちたいならば、過去の関係を清算しなければならない。政治家たちはしばしば「未来志向でやる」という言葉を使う。そこでぼくが気になるのは、「未来志向」はいいが、肝心の過去についてはきちんと清算できているのか、という問題である。
日本人はあの戦争を、半分しか見ていないのではないか。
 以前にもこの「昔あったづもな通信」で書いたことだが、ぼくは中学3年まで戦争を体験したので、気になることがある。戦争中、男たちは「赤紙」と呼ばれた召集令状で、軍隊に召集された。拒否は絶対にできない。軍隊に入るということは、「死に」に行くこととほとんど同じである。それでも男たちはみんな涙をこらえて、「お国のために戦えるのは光栄なことだ」などと述べて、出かけていった。家族も同じように「どうぞお国のためにしっかり務めを果たしてください」とか、「あとはしっかりやるから、心配なく戦ってください」とか言って、送りだした。
 ぼくははっきり覚えている。東京の立川駅で、大勢の人が出征軍人を、「君が代」を歌い、万歳三唱をして送りだしたのを。大小の「日の丸」が激しく振られていた。信時潔作曲の「海ゆかば」が厳かに歌われることもしばしばあった。
 見送る人々にとっては、その出征軍人は大事に育ててきた息子であったり、愛する夫であったり、大事な父親であったり、愛する恋人であった。みんな優しい男たちだった。死に向かって送り出すことは、どんなに辛かっただろう。だが、「軍国の母」は泣いてはいけなかった。みんな涙をこらえていた。そして「銃後」をしっかり守らなければならなかった。
 戦地に送り出してからは、「銃後」の留守家族は「慰問袋」というものを送った。食べ物は禁じられていたが、それ以外の、本人が喜びそうな物を袋に詰めて送ったものだ。子どもの書いた絵、手紙、郷土の土人形。郷土を思い出すようにと柳田国男編「全国昔話記録」もよく送られたそうだ。寒いだろうからと、チョッキ、セーターもよく送られた。優しい夫が、息子が、恋人が喜ぶことを願って、「銃後」の国民はみんな心を込めて送った。
戦死通知、そして敗戦
 しばらくして、不幸にして戦死通知を受け取る留守家族が多くなった。「銃後」の国民は悲しみに震えた。だが、それは「ご主人は、天皇陛下のために名誉の死を遂げられたのです。靖国神社にまつられて、神となられるのです。こんな名誉なことはありません」という言葉で抑えられてしまった。みんな、戦死者は靖国神社で「神」となると信じ込まされていた。有名な流行歌があった。
「こんな立派なお社に、神とまつられ、もったいなさに、せがれ、来たぞえ、九段坂」
 愛する男たちは、戦死したら靖国神社にまつられて神となる、と国民はみんな信じ込まされていた。
 真珠湾攻撃から三年たった頃には、各地で「玉砕」が伝えられ、銃後の都市も爆撃され始めた。各地で家が焼かれ、人が死んだ。一九四五年には、東京が三月十日と五月二五日に無差別大爆撃を受け、数十万人が殺された。沖縄では熾烈な地上戦になり、住人の四人のひとりが殺された。そして、八月には広島と長崎に原子爆弾が投下され、数十万人が一瞬に殺された。
 そして八月十五日ポツダム宣言受諾。無条件降伏。敗戦だった。そして、生き延びた愛する男たちは、復員者として、荷物のように運ばれて帰国してきた。銃後の国民は、貧乏ながらも、一家の柱である男たちが無事帰還したことを喜んだ。もちろん、帰国に伴って様々な葛藤がそれぞれの家にあったのだが。
 生還した元軍人たちは、自分が戦地で経験したことを家族に話さなかった。ぼくは、戦後の生活の中で、父から、夫から、戦地の経験を聞かせてもらったと言う人に一度も会ったことがない。みんな異口同音に「父は何も話してくれなかった」「夫は何も話さなかった」と言う。銃後の国民は、愛する男たちが、日本兵として戦地で何をしたのか、全く知らないまま戦後の時間が流れ、戦争についての日本人全体の意識が形成されてきたのである。それは何か。日本軍人とは愛する息子、父、夫であり、銃後国民は各地への爆撃と沖縄での地上戦で苦しめられたという被害の記憶だった。それが日本人にとっての戦争というものだった。それは外国人を無差別に殺したり、女性を性の奴隷にした戦争ではなかった。
戦地での日本兵
 以前に、この通信でも書いたことなのだが、ぼくは小学校入学一年前から五年生の初めまで北京にいた。北京では日本軍が精華大学という名門大学を占拠して陸軍病院として使っていた。北京在住の日本人は、陸軍病院にしばしば見舞いに行った。ぼくら小学生が行くと、傷病兵たちは喜んで、いろいろ話をしてくれた。傷病兵といっても、ほとんどは戦闘で負傷した兵隊たちであった。兵隊たちはベッドでぼくらを囲んで、談笑した。彼らが特に好んで話したのは、戦場での手柄話だった。
 進軍して行って、もし畑で働いている人間がいたら、必ず射殺した。老人であろうと、子どもであろうと。何故なら、それがスパイをするかもしれないからだ。日本軍の行動がもれるからだという。小学四年生だったぼくは、その光景が思い浮かんでしまって、怖かった。
 怪しい男を追ってある村に入ったが、その男が見つからなかった。そこで、村人たちに、食糧を配るという知らせを出し、一軒の家に集めた。集まったところでその家に火を放った。大混乱になり、家から逃げ出してくる奴は機関銃で倒した。ぼくは、この光景もまざまざと目の前に見えてしまって、怖かった。
 ある兵隊は南京攻略に加わったらしく、南京の話を得意になってしていた。毒ガスを使った話もした。あるときは、多数の捕虜を川辺に一列に並ばせておいて、こちらから機関銃でなぎ倒して、川に落としたことを得意になって話してくれた。これは、戦後になって、南京大虐殺として問題になった事件の一部ではなかったかと思う。
 ぼくら子どもが震えあがるような話を、兵隊たちは得意になって話すのだった。ぼくは子どもながらに、「戦争って変だなあ。こんなこと、普通だったら犯罪だよなあ」という疑問を一瞬もった。だが、そんなことを思ってはいけないのだった。しかし、中国ではそのころ既に、「鬼畜日本」という言い方が密かに流れていた。中国人にとって、日本兵は「鬼畜」だったのである。だが、日本の銃後の国民は、そんなことは全く知らなかった。
 従軍慰安婦
 日本軍が慰安婦を連れていることは、当時は常識だった。陸軍病院では、さすがに子どもであるぼくたちに話す兵隊はいなかったが、何となく当然のこととしてぼくらの耳にもはいっていた。何となく、朝鮮の女性ということだった。中国の家は屋根が平らなことが多い。ぼくの家もそうだったので、ぼくらはよく、屋根に上がって、隣の屋根にとび移って遊んだ。隣の家は、医者だか何かインテリの家ということだった。ところが、あるとき、屋根で遊んでいて、ふと隣の庭をのぞくと、昼間なのに寝巻を着た女性が何人かいた。あとで母にそのことを話すと、ひどく叱られて、「もう絶対に屋根で遊んではいけません」と言われた。あれは将校用の高級な慰安所だったのだろう。後に聞くところでは、兵隊用の慰安所は公衆便所のようなものだったと聞いた。慰安婦は人間扱いされなかったのである。
口を閉ざしたままの日本軍人
 ここまで書いたことは、銃後のことも、戦地での日本軍人のことも、ぼくが直接体験したり、見たり聞いたりしたことである。だが、銃後の人たちは、戦地での日本兵のことは知らないだろう。慰安婦のことも、言葉でしか知らないかもしれない。復員した日本軍人たちが戦地の話を封印したままだったので、ほとんどの日本人には、戦地での日本軍人の鬼畜ぶりはばらされないままになっている。その結果、日本人のあの戦争へのイメージは、「愛する父や夫や息子が無事帰ってきてよかった」または、「父や夫や息子を失って悲しい」であり、銃後の国民として、「爆撃で家を焼かれた]「空襲で家族を失って悲しい」である。そして、究極の悲劇は原子爆弾による悲劇である。
 ほとんどの日本人が共通にもっているこの戦争へのイメージは、実は戦争の半分しか見ていないイメージではないか。敢えて単純化して言えば、自分を戦争の被害者として見ているだけで、自分を戦争の加害者として見ていない、のではないか。
 その意味で、ぼくは天皇がこの二年にわたって、「お言葉」の中で、「深い反省」と述べておられることを高く評価し、尊敬する。天皇は日本人が加害者だったことにこだわっておられるのだと思う。ジャーナリズムは、この点をもっと大きく取り上げてもらいたいと思う。安倍首相は一度もこの言葉を言わない、という事実も含めて。
ナチスの強制収容所を保存公開しているドイツ
 ドイツでは、強制収容所をいくつも保存し、公開している。自分たちドイツ人が冒した人道への罪の物証を公開しているのである。それは、二度と過ちを犯さないという覚悟を世界に表明しているのである。ドイツ人にも被害者の面と加害者の面がある。その意味で、戦争を全体として捉えている。加害者であったことを認め、二度と過ちを犯さないという決意を、現物でもって世界に表明しているのである。
 翻って、日本での戦争の跡の残し方はどうだろうか。戦争の最大の傷跡は原爆ドームである。全く痛ましい。だがあれは被害の傷跡である。あれはアメリカ軍が人類に対して犯した深い罪の物証として保存されるべきである。オバマ大統領は広島で、「空から死が降って来た」と言ったそうだが、「降って来た」のではない。アメリカ軍が死を落としたのである。オバマは、自国の責任を認める勇気を持たない、小さな人間であることを自ら暴露してしまった。
 日本では、オバマ大統領が広島を訪問したことを喜んでいるが、日本が韓国に対して、慰安婦像の撤去を要求していることとの矛盾は問題にされていない。日本の銃後の国民はほとんど知らなかったのだが、日本軍人は、朝鮮の女性を性の慰安婦として使った事実がある。明らかに加害者であった。ところが、今、日本は、被害者である韓国人が被害の物証として慰安婦像を遺していることを認めようとしないのだ。一方では、広島の被害の物証である原爆ドームは残し、オバマ大統領が見に来ると喜んでいるのに。
 もしオバマ大統領が、「原爆ドームは、戦争中のことなんだから撤去してくれ」と言ったら、日本人は撤去するだろうか。絶対にしないだろう。韓国人が慰安婦像を撤去しないのと同じである。だが、日本人はそのことを理解しようとしていない。
 日本政府は、「元慰安婦支援財団」のために10億円を提供する、その代わりに世界にある慰安婦像をすべて撤去せよと、安倍首相が先頭に立って主張している。韓国人の慰安婦像はアメリカ、カナダ、オーストラリアにあり、現在、ドイツでもフライブルク市に設置する計画が進んでいる。日本軍の従軍慰安婦のことは世界に知られており、世界は日本がどう対応するか、注目しているのである。こんな恥さらしな主張が世界に通用するとでも思っているのか。加害者であったことを一切認めない傲慢さ。いや、傲慢でなく、実は自信のなさなのではないのか。
 戦争を半分しか見ていないことが、70年たった今でも、世界の中での日本の地位を脅かしているのである。ジャーナリズムはこのことをもっと問題にしてもらいたい。日本を世界の中に置いて見るということは、オリンピックで獲得したメダル数を数えることだけではない。
 日本が、真に平和国家として世界に認められて生きていこうとするのであれば、あの大戦争を、都合のいい半分だけ見ていることは許されない。加害者であった面も認めて、絶対にそれを繰り返さないという確固たる決意を世界に示さなければ、世界は日本を平和国家として尊重してくれるはずがない。
 だがこれは、これまでの日本の流れを見ていると、日本人にとって、残念ながら極めて困難なハードルであると思われる。(2016.9.9)
 
 

 

 
 
 
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