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第41号 平和法案という名の戦争法案をつくる安倍首相

昔あったづもな通信 第41号
小澤俊夫

平和法案という名の戦争法案をつくる安倍首相
今日、五月二十七日、うちにいられたので、衆議院特別委員会のテレビ中継の一部を見た。いくつかの野党の代表が安保法案への疑問を突き付けるなか、共産党の志位委員長の質問が最も鋭く、問題の本質をついていた。
先日、社民党の福島瑞穂が安保法案のことを「戦争法案」と決めつけたことに自民党が反発して、発言の撤回を求めたが、福島氏は突っぱねた。当然である。今日の志位委員長も「戦争法案」という言葉で追及していた。
安倍首相が、危険のない後方でだけ支援するのだと主張したのに対して、志位は「英語ではロジステイックスという言葉しかない。そこには「後方」という概念はない。そして、その「兵站」ということは、戦争遂行の重要な一部分である」ということを、たしかアメリカの軍事関係の文書で説明していた。
食糧にせよ、弾薬にせよ、医療品にせよ、戦争遂行のために不可欠のものである。それを兵站基地に保管するのは戦争行為の不可欠の部分である。敵方がそれを攻撃目標にすることは当然である。それを安倍首相は、「後方だから安全である。もし、自衛隊員に危険が及ぶようならば、指揮官は撤退させる」と、国会で、まじめな顔で答弁していた。聞いてあきれるとはこのことだ。
志位が言うように、戦闘では、敵は当然、兵站基地を狙ってくる。そのとき安倍首相が言うように「さあ、危険になったから逃げましょう」ということが現実に可能だと思っているのだろうか。そんなことはあり得ない。自衛隊は完全に戦闘に巻きこまれていく。そういう事態が起きた時、安倍首相はどう責任を取るのか。いや、安倍はもう首相ではないだろう。誰も責任を取らないで、現地の自衛隊員が死んでいく。それは、誰かの息子であり、夫であり、父であり、恋人である。そんな日本にしてはならない。
安倍首相は「日本が自衛力を高めれば、相手への抑止力となり、日本のリスクは減る」という。この論理が、過去の人類を苦しめ、戦争を繰り返させてきたのである。列強と言われる国々はみなこの論理で軍備を増強させてきたのである。平和憲法を掲げてきた日本が、今、この古典的な軍備思想で自らを苦しめ始めた。全く愚かなことだ。
しかもこの戦争法案に「平和」という名を被せている。この欺瞞。安倍首相は、こんな欺瞞で日本人が騙されるとでも思っているのか。安倍首相とその周囲にいる政治家と官僚たちは。そんなことは決してない。
野党は結束して、この戦争法案をつぶさなければいけない。国民はその後押しをしよう。(2015.5.27)
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第40号 マスコミ支配に乗り出した安倍首相と自民党

昔あったづもな通信 第40号
小澤俊夫

マスコミ支配に乗り出した安倍首相と自民党

 自民党が、4月にテレビ朝日とNHKの幹部を呼んで異例の事情聴取をした。NHKについては「クローズアップ現代」でやらせがあったという問題だが、自民党の真の標的はテレビ朝日であろう。
 「報道ステーション」でコメンテーターの古賀茂明氏が、「菅官房長官をはじめ、官邸の皆さんにはものすごいバッシングを受けてきた」と発言したことについて、自民党の情報通信戦略調査会(会長:川崎二郎元厚生労働相)が、テレ朝の専務取締役を党本部に呼んで、非公開で事情聴取したのである。これは政府自身でなくとも、政権与党の事情聴取である。国家権力による言論弾圧そのものである。こんなことが行われること自体、日本はもう半分全体主義国家になってしまっていることを示している。
 しかも、驚くのは、マスメディアがこれをほとんど問題にしていないことである。本来ならば、テレビ、ラジオ、新聞、週刊誌、月刊誌、あらゆるマスメディアが自分の死活問題、つまり言論の自由の死活問題として、猛烈に批判しなければならないはずである。それがほとんどない。小さな記事としてしか扱われていない。日本のジャーナリストたちは、ジャーナリストであることを、もうやめてしまったのか。昭和の初期、軍部と右翼思想家たちが力をつけ、次第次第に自由な言論を押さえつけていったプロセスを学んでいないのか。
 芸能記事を書くことだけがマスメディアの役割だと思っているのか。芸能人やアイドルたちの身辺のことを書けば、それでマスメディアの役割は完了したとでも思っているのか。
 安倍首相が「ポツダム宣言をつまびらかに読んでいない」と言ったのを、ほんのちょっとした揚げ足取りで済ませていいのか。ポツダム宣言の意味をはっきり理解していないから、「戦後レジームからの脱却」などということを平気で言えるのだ。安倍首相の政治家としての資格を問う問題のはずだ。それを問題にしないということは、ジャーナリストたちも理解していないということを示している。ジャーナリストたちのこの劣化が今日の日本の最大の問題なのではないか。
 われわれ読者のほうが問題に敏感だ。だからこそ、あちこちの反対運動に、あんなに大勢の普通人が集まるのだ。ジャーナリストたちにも是非頑張ってもらいたい。(2015.5.27)
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