第60号 KUMON NOWスペシャルインタビュー(後編)

昔あったづもな通信 第60号
小澤俊夫

(前号に続き、公文教育研究会インタビュー再録の後編をお届けします。後編のオリジナルサイトのURLは、http://www.kumon.ne.jp/kumonnow/special/029_2/です)

KUMON NOWスペシャルインタビュー
「子どもには自ら育つ力がある
昔話に込められたメッセージに
耳を傾けてみよう」(後編)


研究者になるために決意した3つのこと
ぼくは大学での研究生活のあと、1992年に「昔ばなし大学」を全国で開講し、1998年に「小澤昔ばなし研究所」を創りました。グリム童話に始まり、昔話をずっと研究してきたわけですが、その間、迷いは一切なかったですね。
大学入学時、専攻していたドイツ文学では、優秀な仲間がたくさんいて、それに比べると自分は並の研究者だと気づきました。でも、昔話の研究者になりたい。そのためにはどうしたらいいか、3つのことを考えました。1つは幅を広げないようにすること。2つめは人より3倍時間をかけること。3つめは人より長期間やること。その原則でいままで来ています。逆に才能のありすぎる人はいろんなことをやりたがり、まとまった成果を上げられなくなります。学生たちを教えていた頃にも、よくこの原則の話をしました。
大学院卒業後、東北薬科大学でドイツ語を教えながら、グリムの勉強もずいぶんしました。初めてドイツへ渡航したのは36歳のときで、研究者としては遅いほうです。でもぼくは「いつか行けるだろう」と考え、焦らなかった。最初は世界のメルヒェンの百科事典を制作する手伝いのために半年間、その数年後に客員教授として招かれ、家族同伴で2年間ドイツに暮らしました。
「昔話は聞くのが楽しい」というのは、フィールドワークで実感していたので、息子たちにも聞かせたりしていました。そして今は孫に読んでいます。いや、逆に孫が読んでくれますね。もちろんぼくは、相づちを打ちながら一生懸命聞きます。相づちは、語りと対なので、とても大切です。お父さんもお母さんも、子どもが何かを言ったら、聞き流さないではっきり相づちを打って聞いてくださいね。


昔話は人間の成長の姿を語っている
大学で教えていた時は、学生を連れてあちこちの農村を訪ね、土地のおじいさん、おばあさんに聞き取りして、昔話を調べていました。ある78歳のおじいさんは、「うちのじんつぁま(=じいさま)から聞いた」と、12話も語ってくれました。「じんつぁま」から聞いたのは8歳くらいの時までで、大人になっては二度兵隊に行っているし、お孫さんにも語ったことがないという。なのに、なぜ70年前の話を思い出して語れるのか、不思議でした。
でも、1話終わると、ひじをついてじっと思い出している姿を見て気づきました。思い出しているのは昔話だけではなく、「じんつぁま」のたばこのにおいや囲炉裏のにおい、周りの暗さ……話を聞かせてくれた「じんつぁま」全体とその情景全体なのだ。それで昔話も思い出せたのだ、と。
「じんつぁまのこと、思い出すだろうね」と言うと、「うん、思い出すね」。その一言でぼくはそれを確信しました。話の言葉を覚えるのとは違う、語り手の姿、ぬくもりを覚えている。「じんつぁま」との強い人間的な結びつきがあるから、その「じんつぁま」が語ってくれた昔話を思い出せるのです。そうやって昔話は語り伝えられてきたのです。
そのおじいさんが「じんつぁま」から語り継がれてきたように、昔話は、おじいさん、おばあさんが孫に伝える「隔世遺伝」です。おじいさんは、昔は悪ガキだったわが子でも、今は親をやっている姿を見ているから、「子どもはちゃんと育つ」ことがわかっています。
昔話というと、「はなさかじい」など教訓ものが有名ですが、昔話にも「子どもの成長」が織り込まれています。教訓ものに登場するのは、じいさんかばあさんで、良いじいさんは最後まで良いじいさんと性格は変わりませんが、多くの昔話は主人公の性格は変わります。はじめは間が抜けていても、最後は賢くなる。
「三年寝太郎」のお話が好例です。寝てばかりいる若者が、あるとき悪知恵を出して長者の娘の婿になる話で、大人は「道徳的によくない」と言います。でも、ちょっとした悪知恵を働かせることは誰にでもあり、その意味で本当の人間の姿を伝えています。そして、「寝太郎」の姿は「若者の変化」そのものです。だからぼくはこの話が大好きです。
若いときにはいい加減でも、30~40歳になればちゃんとやっている。そんなぼくの「寝太郎理論」にあてはまる人はいっぱいますよ(笑)。ぼくは長い間大学で教えましたが、勉強しない学生がたくさんいました。でも卒業して20~30年も経つと、皆、すまして立派な大人になっていますから。


子どもは「育てる」のではなく「育つ」もの
大人は子どもを信頼しよう

昔話からわかるように、子どもは自らの力でちゃんと育ちます。それを理解し、子を信頼すればよいのですが、今は、親が子どもに口を出し過ぎてはいないでしょうか。
もみの木をご存じでしょう。我が家の息子たちが小さいとき、クリスマスツリーにしようと、庭にもみの木の苗を植えたら、少しずつ先の尖ったきれいな形に育ってきた。クリスマスが楽しみだと思っていたら、それらしく揃い始めていた上の方を、ある日植木屋さんにバッサリ剪定されてしまいました。がっかりしたんだけど、しばらくするとまた見事に先の尖ったきれいな形に戻ったのです。もみの木は「おれの姿はこういう姿なんだ」と主張しているのです。
もみの木でさえ、自分の意思を持ち、復元力がある。だから人間の子だって、「自分はこういう姿でありたい」という意思をもっているはずだと思うのです。大人が脇から「こうしなさい」「早くやりなさい」「もっとたくさんやりなさい」などと言うのは、大人の支配欲ではないでしょうか。大人がやるべきことは、子どもがもみの木みたいに、すくすく生きていけるよう手助けをすること。信頼し、育つ環境を作ってやることです。今、子どもはあまりにも手を加えられ過ぎている。人は盆栽ではないのです。
ぼくの母は、ぼくらの手が離れたころ、「わたしはうちのなかで空気のような存在でありたいと思っていたのよ」とポツリと言ったことがあります。空気はふだんはその存在に気づきませんが、でもなければ生きていけません。父はぼくらの家が戦後貧しかったときに、音楽好きなぼくらのためにピアノを買ってくれた。「こんなに貧乏なのに……」と、親戚からは批判されたようですが、父は「おれの自由教育が正しかったかどうかを証明するのはお前たちだ」とぼくらに言ったことがあります。ぼくは「証明できないはずはない」と思いましたね。父も母も、ぼくら子どもたちを完全に信頼していました。
その目で見ると、現代の親子関係の状況はとても気がかりです。「子どもは無限の可能性を持っている」とよく言いますが、それは「大人が干渉さえしなければ」という条件つきです。幼いときから、大人が子どもの可能性を一生懸命つんでしまっていないか、心配です。子どもは自ら成長し、変化するもの。そうした当たり前で大切なことを、昔話は教えてくれています。大人は、慌てずに焦らずに、子どもたちを信頼して、温かく見守っていてください。(了)
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第59号 KUMON NOWスペシャルインタビュー(前編)

昔あったづもな通信 第59号
小澤俊夫

 この「昔あったづもな通信」は、日本の社会や政治に対する私の意見を発信する場として運営しているが、私は昔話の研究者なので、昔話に寄せる私の思いや、昔話から私が何をくみ取っているかなども読んでいただきたいという思いがだんだん強くなってきた。ちょうどそんな時、「くもん教育」という独特な教育を展開している会社からインタビューを受けた。このインタビューは公文教育研究会のホーページの中の「KUMONnow」というコーナーに掲載されているが、よくまとめられているので、私の自己紹介のような意味でここに、二号にわたって再録させていただく。なおオリジナルのサイトのURLは、http://www.kumon.ne.jp/kumonnow/special/029_1/である。(2016・3・3)

KUMON NOWスペシャルインタビュー(前編)
「子どもには自ら育つ力がある
昔話に込められたメッセージに
耳を傾けてみよう」

昔話は音楽と同じ。リズムの楽しさを壊してはいけない
みなさんは「昔話」というと、何をイメージしますか。昔話は、口で伝えられてきたお話です。口で伝えられてきたということは、「耳で聞いて」伝えられてきたということ。聞き終ったら消えてしまう、聞いている間だけのもので、音楽と同じ「時間にのった文芸」なのです。
昔話は同じ場面が出てきたら同じ言葉で繰り返します。これも音楽と同じです。しかも繰り返しはだいたい3回。たとえばグリム童話の『白雪姫』は、1度目は紐で、2度目は櫛で、3度目は林檎で殺されます。アニメや映画では林檎だけなので、ご存じない人もいるかもしれませんが、じつは3回殺されているのです。
音楽も、同じメロディを2回繰り返します。そして3回目は少し長く、一番強調されています。つまり3回目が一番大事だということです。これが音楽の基本的なリズムで、このリズムは昔話にもあります。白雪姫も林檎のシーンが一番長いでしょう。ホップ、ステップ、ジャンプという陸上競技のリズムも同じです。人間にとって、このリズムが一番自然だからです。
このリズムは、子どもだけでなく、大人にとっても心地よいもの。そしてその楽しさを壊さないことが大事です。けれども残念なことに、昔話に関しては、たくさん本が出ていたり映画にもなったりしていますが、3つのリズムの前の2つを省略してしまうなど、本来の昔話の「語り口」から離れてしまっているものが多いように感じます。そのことに気づいてもらい、「語り口」がきちんとしている文章を選んでほしいし、さらにそう指導できる人を日本中に広げたい。そんな思いから、全国各地で開く「昔ばなし大学」に、いま力を入れているところです。

「涙を知るのはいいことだ」
敗戦を迎えて父が言った言葉は忘れられない

ぼくは満州事変が起こる1年前、昭和5年に満州で生まれ、小学5年生までを北京で過ごしました。とにかくわんぱくで、悪さばかりしていましたね。当時暮らしていた中国の家は、隣家と屋根がつながっていて、屋根から屋根へひょいと伝い歩けるので、屋根伝いにどこまでも行ったりして。
父は満州で歯科医をしていましたが、その後政治団体に関わるようになります。昭和15年頃になると、父は「この戦争は勝てない」と言い出します。政治評論集を作り、軍部批判をしていたので、軍部からは睨まれ、自宅には毎日憲兵が来て監視されていました。
翌年には父以外の家族が日本へ戻り、その2年後には父も日本へ。東京の立川に住みましたが、そこにも今度は特高警察が毎日来る。それでも父は国のことを憂いて平気で軍部批判をするので、いつ捕まるかとヒヤヒヤする日々を過ごしました。
ところが結局そのまま終戦を迎えましたが、その後父が亡くなったとき、特高として監視していた方から、ていねいなお悔やみの手紙をいただいたのには驚きました。そうした方たちも、父が憂国をもって信念を貫く姿を、じつは慕っていたのかもしれません。そしてぼくも、こうした父の姿に大きな影響を受けたのは言うまでもありません。
父が敗戦直後には、「この敗戦は日本にとっていいことだ。日本は日清戦争以来、負けていないから涙を忘れてしまった。これで涙を知るのはいいことだ」と言ったのも忘れられません。そして、ぼくら子どもたちには、「お前たち、好きなことをやれ」と言いました。
母はクリスチャンで、ぼくらも教会の日曜学校に通い、賛美歌を習いました。それが我が家の音楽との付き合いの始まりでした。すぐ下の弟(=小澤征爾氏)は指揮者になりましたが、ぼくも音楽が大好きになり、コーラスは今も現役で続けています。

柳田國男先生の一言で、日本の昔話の研究を始める
音楽と同じくらい好きだったのが文学です。なかでも、医師であり神学者、音楽家でもあるシュヴァイツァーに心酔し、関連図書をたくさん読みました。そのうち原書で読みたくなり、ドイツ語を学ぼうと、ドイツ文学者の関泰祐(せきたいすけ)先生が在職されていた茨城大学へ進学しました。
2年目に、二人の先生がドイツ語の教科書としてそれぞれ「ふしぎなオルガン」と「グリム童話」を読んでくれたときに気がついたのですが、同じドイツのメルヒェンなのに何か違う。先生に質問すると、「グリムは昔話だから」と言うのです。それまでぼくは、グリム童話はグリムの創作だと思っていたので驚きました。そして昔話なら民族の考えや風習などが読み取れるのでは、と興味がわき、研究することにしました。
大学の図書館からグリム童話の原書を借り、辞書を引きながら読むと、がぜんおもしろい。衝撃的だったのが、日本の昔話と同じ話を2つ見つけたことです。1つは「たいこたたき」で、これは「天の羽衣」。もう1つは「コベルスさん」で、これは「さるかに合戦」と同じストーリーです。なぜこういうことが起きるのか。この時にグリムを卒論にしようと決めました。
研究を続けたくて東北大学大学院へ進み、修士論文を書いている時のこと、ドイツのある専門雑誌で調べたいことが出てきました。その雑誌は、日本民俗学の創始者である柳田國男先生の研究所にしかないことがわかり、ドキドキしながら訪問し、雑誌を見させていただきました。帰り際に柳田先生から、「何を研究しているのか」ときかれ、ものすごく緊張しながら答えました。ぼくが話し出すと、先生は「ちょっと待って」と、なんとぼくの言ったことをノートし始めたのです。こっちはまだ20代で駆け出しもいいところ。かたや80歳を越えられた先生は神様のような存在です!年齢差は関係なく、知らないことは全部吸収しようとする姿勢に、「学者とはこういうものか」と、感動しました。
ぼくは勉強したばかりだったので、うれしくていろいろ話しました。そしてお暇しようとすると先生が「きみ、グリム童話をやるなら、日本の昔話もやってくれたまえ」とおっしゃった。「そうか、ぼくは日本人なのだから、日本の昔話も研究しなくちゃ」と、その時に決めました。
柳田先生は、戦後の日本の昔話の状況をとても心配されていたのです。というのも、「昔話は無知な農民がつくったものだから、もっと文学的なものにしなければ」というブームが起こった結果、話の内容が変わったり、過剰な装飾が施されたりして、本来の昔話の姿ではないものが流布してしまっていたからなのです。
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