第9号 教育委員会の独立性は、戦争の反省から生まれたもの

 昔あったづもな 第9号 
 
                                            発信者 小澤俊夫


教育委員会の独立性は、戦争の反省から生まれたもの

 安倍首相は日本の教育を「取り戻す」ことに執念を燃やしている。第一次内閣の時に「教育基本法」を改悪し、今は教育委員会を制圧しようとしている。教育委員会の委員長と教育長を合体して、その任命権を、地方自治体の首長に与えようとしている。現在は、教育長とは別に教育委員会の互選によって教育委員長が選ばれているのである。
 現在の教育委員会制度は、戦争中、国家権力が教育を支配したことへの深刻な反省から生まれたものである。宗教と政治を厳しく分離したのと同じく、教育と政治を厳しく分離しなければならないと考えて生まれた制度なのである。国家権力が教育を支配するとはどういうことか、ぼくは小学生、旧制中学生として体験してきたので、よく知っている。
 学校の校門の脇に「ご真影殿」があり、登校の際には「天皇陛下のご真影」に必ず最敬礼をしなければいけない。新聞に「天皇陛下のご真影」が掲載されていたら、それを切り抜いて学校に持ってきて、「ご真影殿」の前で焼却しなければならない。そうでないと、うっかりして「ご真影」を踏みつけたりするかもしれないからである。これは当時言われた「皇民教育」の一環なのである。
 日本国民は皆、天皇陛下の赤子(せきし)である。だから、天皇陛下を崇めなければいけない。これが教育の根本思想であった。天皇陛下の赤子だから、いつでも命は天皇のために捧げなければならない。今から考えたら笑い出しそうなことが、真剣に論じられていたのである。異議をさしはさもうものなら、たちまち「非国民」のレッテルを張られた。
 教科書はすべて国家により検定された「国定教科書」だったのである。
内容はお国のために尽くした愛国者の話ばかり。明治政府以来の元勲といわれる権力者の美談。軍人の美談。親孝行な若者の美談。中でも軍人の美談はあらゆるところに書かれていた。教科書ばかりでなく、子どもの読み物もほとんどその種のものだった。
 肉弾三勇士。いつの戦争のことなのかわからないが、三人の兵隊が爆弾を抱いて鉄条網をくぐって突進して、日本軍の進撃を可能にしたとかいう話だった。あるいは、進軍ラッパを吹く役目の兵隊が、吹いている最中に敵弾を受けて倒れたが、絶命してもなお進軍ラッパを吹き続けたという嘘の美談。国家権力が教育を支配すると、こういうことが当たり前のこととして起きるのである。
 講堂の正面には日の丸が掲揚されており、壇に上がるには必ず日の丸に対して一礼しなければならない。(この光景は今日再びあちこちで見られる。つまり、戦争中の光景を「取り戻す」ことがすでにかなり進んでいるのである。)父や、夫、息子が赤紙(召集令状}を受けて軍隊に入る場合には、日の丸の旗に、「武運長久」などの励ましの言葉、別れの言葉、そして、家族の名前などを書き連ねて持たせた。入学式、卒業式には必ず「君が代」を歌わされた。{この光景も「取り戻されて」今日再び普通になりつつある。}
 修身の時間には、子どもは少国民だからしっかりせよ、と強調された。お国のため、天皇陛下のために、いつでも命を捧げる覚悟をしていろと教えられた。個人の尊重とか基本的人権などという言葉は、全く聞かれなかった。
 中学には陸軍の将校が一人ずつ配属されていた。長いサーベルという軍刀を腰に下げていて、校長より強い権限を持っていたそうである。軍事教練の時間があり、ぼくらは軍隊さながらの訓練を受けた。木銃{もくじゅう}で敵を突く訓練、匍匐(ほふく)前進といって、銃を持ったまま這って進む訓練もさせられた。
 歴史の時間には、天孫降臨から始まって、日本は神の国であることを教わった。天皇は現人神(あらひとがみ)であり、萬世一系であると教えられた。古事記などに記されている神話は、すべて歴史の事実として教えられた。
 教育を政治の支配下に置くということは、こういうことである。こうして国民は盲目的服従を強いられ、ファシストたちの指示するままに戦争に突っ込んでいった。
 戦後、このことへの強烈な反省のもと、教育は政治から独立であるべきであるという思想から、教育委員会制度が生まれた。そして、教育委員を選挙で選ぶ自治体もあった。教育委員長は、教育委員のあいだの互選であった。
 この教育委員会制度を安倍首相は破壊したいのである。そして、地方自治体の首長が教育委員長を任命することにしたい。すなわち、政治家の支配下におきたいのである。そのための口実は、「いじめなどの問題に速やかに対処するため」である。世の人々がうっかり賛成してしまうような口実をちゃんと用意している。だがいじめ問題は教育委員会の命令が速やかに実行できたら解決できるようなことではない。安倍首相がやりたいのは、「教育を取り戻す」ことなのである。「日本を取り戻す」と同じく、「8月15日以前の教育を取り戻す」である。
 そんなことをさせてはいけない。子どもや若者たちに、あの暗い、軍国主義教育をふたたび経験させてはならない。それは現在の大人の責任なのだ。
(2014/03/23)
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