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第8号 日本の敗戦の意味

昔あったづもな   第8号            
                              小澤俊夫

 パソコンの調子が不安定で、誠に不定期で申し訳ありません。題名についてご質問もいただいているので、少し説明させてください。「昔あったづもな」という言葉は、岩手県で昔話の語り始めの言葉としていう言葉で、学会では「発端句」と言われています。これから話しが始まるよという合図で「昔こういうことがあったそうだ」という意味です。昔話は架空の話なので、「あったことか、なかったことか知らないが、まああったこととして聞けや」という意味です。その言葉を使わせてもらっているのですが、私の場合は、「あったことか、なかったことか知らないが」ではなくて、まさに、「あったことなんだよ」のつもりです。
 「あったづもな」か「あったずもな」かというお問い合わせもいただいています。もともとは「昔あったつうことだよ」の意味なので、「あったづもな」にしたいと思っています。ただ、現在のローマ字表記法では、「づ」は「du」になるということですが、「du」は実際には発音出来ないので、「zu」でいこうと思っています。したがって、ローマ字の場合は、「mukashiattazumona」,ひらがなの場合は「昔あったづもな」とすることをご了承ください。


日本の敗戦の意味
 安倍首相の靖国神社参拝に対して、アメリカ政府が「失望した」と表明し、その他あちこちの国から強い批判が巻き起こっている。ぼくは新聞報道でしるだけだが、実際には相当に多くの国から批判が巻き起こっているに違いない。
 ぼくが気にするのは、日本の敗戦の意味が、政治家たちにも、かなり多くの国民にも理解されていないのではないか、ということである。
 やはり1945年、昭和20年の日本のポツダム宣言受諾に立ち戻って考えなければならない。ポツダム宣言とは、アメリカ、イギリス、ソ連の首脳がベルリン郊外のポツダムで会談した後、アメリカのトルーマン、イギリスのチャーチル、中国の蒋介石三者の名において日本に無条件降伏を要求した宣言なのである。天皇は当時の御前会議の議を経てこれを受諾し、8月15日に国民に発表した。これで無条件降伏が決定した。
 日本の同盟国であったムッソリーニのイタリアは四月に、ヒットラーのドイツは5月に壊滅していたので、第二次世界大戦は日本の無条件降伏によって終結した。すでにメール通信で述べたことだが、あれは日本にとっても敗戦であって、終戦ではなかった。ここをごまかして来たので、69年たった現在、戦後育ちの政治家たちが、世界歴史についての間違った認識に基づいて発言し、行動しているのである。
第二次世界大戦は何と何の戦いだったかといえば、ファシズムと民主主義の戦いだった。ムッソリーニ、ヒットラー、東条英機という独裁者によるファシズム国家と、民主主義を国是とするアメリカを先頭にしたイギリス、フランス、中国、プラスソ連という共産主義独裁国家との戦争だった。(ソ連は共産主義独裁国家でありながら、便宜的にアメリカと結んだが)
日本はその戦争に敗れ、ポツダム宣言を受諾し、無条件降伏をした。そして、平和条約を締結した。これによって、日本はファシズムを捨てたことを世界に宣言し、世界の仲間に入れてもらったのである。その世界とは、民主主義を政治の原理とする世界である。
 (民主主義諸国とソ連との便宜的連合はその後破綻し、冷戦となっていくことはご存じの通りである)
 それで日本は平和憲法を持った。当然のことながらアメリカの意向に沿っているが、日本でも、主権在民思想のワイマール憲法に学んだ憲法草案があったことは知られている。戦後、アメリカが主導してきた世界は、一応、民主主義を標榜する世界である。そして、今や日本人は、民主主義が人間尊重の尊い原理であることを確信して来ている。民主主義が揺らいでいる国ももちろんあるが、とにかく日本は自由と民主主義を政治の基本理念とし、民主主義陣営の国としてやってきている。これが「戦後の日本の位置」である。
 ところが、安倍首相が靖国神社に参拝したことは、外国から見ると、安倍首相が、ポツダム宣言受諾以前の日本に戻ったこと、あるいは戻ろうとしていることを意味しているのである。なぜなら、靖国神社は日本軍国主義の中心をなす施設であったことを外国人は知っているからである。忘れているのは日本人だけかもしれない。
 日本軍国主義は、国民を軍隊に招集して戦地に送るとき、「死んだら英霊としてこの靖国神社に祀られるのだぞ。祀られたら神になるのだぞ。そして天皇に参拝されるのだぞ」と教えこんだ。靖国神社は普通の人間が神として祀られ、神である天皇に拝礼して貰える唯一の施設なのである。
 日本を知る外国人はそのことを知っている。そして、民主主義国になったはずの日本が、その靖国神社をまだそのままにしておくことを不思議に思っている人はたくさんいる。その不思議さは、軍国主義時代の日本の国体であった天皇制がそのまま存続していることの不思議さと重なっている。そこへもってきて、東京裁判で戦争責任を問われ、死刑になったA級戦犯が靖国神社に祀られているのだから、日本はファシズム時代から完全に抜け出ていないのではないかという疑いは、外国人の中にただよっている。
「でもまあ日本人は特殊だから、あんなものだろう」と大目に見ていたところへ、安倍首相が靖国神社に参拝したのだから、驚くのは当然である。
 それで、「失望」という批判になったのである。アメリカの、日本の政治家への疑念は一過性ではないと思う。安倍首相はじめその周辺の政治家たちがはやくこのことに気がつかないと、世界の日本に対する信頼は落ちるばかりである。
 いや、何よりも、われわれ日本人は、あの敗戦の意味をしっかり抱きしめて、日本をあのファシズム日本に絶対に戻さないよう、賢い努力をしなければならない。(2014.3.20)
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