第64号「自民優勢」という情報操作にだまされるな

昔あったづもな通信第64号
小澤俊夫

「自民優勢」という情報操作にだまされるな
 参議院の選挙戦に入ってから、新聞やテレビが「自民優勢の勢い」というような
記事をかかげるのが目立つ。これは明らかに、中立を装った「ニュース」を動員しての誘導だと思う。そんな策略に乗らないようにしよう。
 われわれ一般人は、新聞・テレビなどの報道は中立公正なものだと信じ込んでいるところがある。それは、新聞・テレビなどが、「われわれは中立公正な報道を目指している」というから、それをまともに信じ込んでいるのである。だが実際には、それは怪しい。新聞もテレビも、営業会社なのである。営業会社は常に官庁の支配を受けている。そして、官庁は時の政権の支配を受けている。そのことが露骨に現れたのが高市とかいう大臣の発言だった。偏向した報道をするなら電波停止もありうると脅したのである。
 政権側は脅しではないと釈明したが、報道各社は震えあがった。政府に批判的な報道をしたとされたニュースキャスターたちは外された。NHKでは、安倍首相にもっとも忠実であると言われている女性記者が政治問題の解説者として前面に踊り出してきた。
 これだけの動きがあれば、われわれ一般人の知らないところで、何かがおきていることは十分想像できる。
 参議院選挙の公示以後、早い時期に「自民優勢」という報道があちこちに現れたのには驚いた。報道各社は、自民党の顔色を窺って、この報道を自民党に捧げたのだろう。
 こんな報道に騙されないようにしよう。安保諸法案が国会で可決されそうになった時の、あの国民全体の熱気からまだ数か月しかたたないのに、「自民優勢」のはずがないではないか。これは明らかに「世論誘導」である。そんなことに惑わされずに、われわれの国、日本の将来を考えて投票しよう。
 アメリカにくっついて、戦争国家になるのか、世界に誇れる平和憲法をかかげて、世界に平和を呼び掛けていくのか。国の運命を決する重大な選挙である。それはわれわれの子どもたち、孫たち、そして子孫たちの運命を決する選挙なのである。後悔しないように、賢く投票しよう。(2014.7.5)

第63号 昔ばなし大学講演会「子どもたちに幸せな未来を」の動画

昔あったづもな通信 第63号
小澤俊夫 

昔ばなし大学講演会「子どもたちに幸せな未来を」の動画
 福島みずほ・小澤ジョイント講演会として5月24日、吉祥寺公会堂で行われたこの講演会の様子をYouTubeにアップしました。動画は前半だけですが、福島さんの講演は全部入っています。国会での厳しい質問とはひと味違って、ユーモアあり、落語家的しゃべりもあって、楽しく、かつ内容の濃い講演でした。福島さん、実は落語が好きなのだそうです。
 講演の前と後に、シンガーソングライター、橋本美香さんがギターの弾き語りをしてくれました。自作の「戦争と平和」。
 この講演会の音声記録は全部、既にYouTubeにアップしてあります。なお、福島さんのホームページには、当日の全映像がアップされています。
 女性国会議員というと、電波停止という強権でメデイアを脅したり、「歯舞」が読めない大臣だったりします。ぼくは、福島さんというしっかりした人に、これからも国会議員として、憲法擁護、安保諸法廃案、反原発で力を発揮してもらいたいと切望しているところです。
 YouTubeで「子どもたちに幸せな未来を」と検索していただくと出てきます。ぜひご覧いただき、知り合いの方々にも紹介してください。(2016.6.9)

第62号「知覧特攻平和記念会館訪問」

昔あったづもな通信62号
小澤俊夫

知覧特攻平和記念会館訪問
 昔ばなし大学の「昔ばなしの言葉シンポジウム」第3回を鹿児島県国分で開いた後、約20年ぶりにこの記念会館を訪問した。噂には聞いていたのだが、この記念会館の意味づけがすっかり変わっていることに衝撃を受けた。若き命を国に捧げたことの賛美に終始していたのである。そこには、あの特攻攻撃が如何に無謀なものであったか、いかに現実離れしたものであったか、あの計画の責任は誰にあったのか、という問題はまったく隠されてしまっていたのである。しかも若き命たちは、死ぬ日を前にして、苦しみ、悲しみ、酒を飲んで暴れた者もいたそうだが、そんなことにはまったく触れない展示ばかりだった。
 若くして死んでいった者たちは、またしても国家の都合で、その死を礼賛されることになってしまっていた。
 第二次大戦末期、アメリカ軍が沖縄に上陸して、日本は追いつめられた。そのとき、日本各地、及び韓国、中国に派遣されていた陸軍航空隊の若者たちが知覧に集められて、沖縄を攻撃するアメリカ艦船への体当たり攻撃に出撃したのだった。17歳から23歳くらいまでの若者たちが、体当たりに出撃して死んだ。その数1000名をはるかに越えたとのことだった。
 親や家族に向けて遺した遺書がたくさん並べられてあった。みんな立派な言葉で別れを告げてあった。涙なしには読めない。ひとりひとりの写真もあった。軍服もあった。別れの食事の風景。出撃の風景。そして、アメリカ軍が撮影した、撃墜される瞬間の映像も流されていた。特攻隊が乗って行ったといわれる陸軍の戦闘機も現物が展示されていた。いくつかの軍用旅館の女将さんたちが、当時の様子を話す映像もあった。
 だが、ぼくが約20年前に訪れた時には、旅館の女将さんだったというおばあさんが、若者たちが死を目前にして苦しんだ様子を赤裸々に語ってくれた。ある者は泣きわめき、ある者は父や母の名を叫び、ある者は酒に逃げて暴れていた、と話してくれた。「お国のために命を捧げますなんていうのは、表面だけで、ほんとはそんなもんじゃなかった」という言葉に、ぼくはその時衝撃を受けた。そして「それが本当だろう」と思った。
 戦争中にはよく言われたものだ、「兵隊は天皇陛下万歳と叫んで息を引き取った」と。だが、戦地から生きて帰ってきた男たちからは、「みんな、母ちゃんとか、女房や子どもの名前を呼んで死んでいった」と聞かされた。それが本当だと思った。
 今回見た記念会館の展示は、すべて、「天皇陛下万歳!」を示す展示だったのだ。出撃直前の朝飯の写真があったが、みんなにこやかな顔で、まるでこれから遠足にでも行くような表情だった。そんなはずはないではないか。
 特攻隊が乗っていたという戦闘機の実物が展示されていた。それは古臭いがれっきとした戦闘機だった。だが、指宿在住の元社会科教師だった方の説明では、「戦闘機は全くおんぼろで、練習機まで特攻機として使われた。水上飛行機まで特攻機として使われたが、時速200キロしか出ないので、海上で待ち伏せしている時速500キロのグラマン戦闘機に次々撃ち落とされた」ということだった。若者は犬死させられたのだ。この点でも真実は伝えられていないのである。
 記念会館のどこにも、あの戦争はそもそも無謀な戦争だったことは書いていない。いわんや、おんぼろ飛行機に乗って敵艦に突っ込むという自爆戦術の愚かさは何処にも書いていない。あの愚かな、無謀な自爆戦術を誰が考案したのか、その追及もない。練習機や水上飛行機でグラマン戦闘機に対抗できると、誰が考えたのかの調査もない。まるで、あの特攻攻撃が国民の自発的総意として生まれたかのような展示である。
 知覧特攻平和祈念会館は、今や、「こんなに多くの若者が、お国のために尊い命を捧げたんだよ」ということだけを宣伝する場所になってしまった。「だからあんたたちもお国のために命を捧げなさいよ」と人々に訴える場所になってしまった。靖国神社と同じ、忠君愛国の宣伝の場となってしまったのである。
 知覧には年間50万、60万人の観光客が訪れるということだった。生徒、学生も訪れるだろう。訪問者は、お国のために命を捧げることが感動的なことなのだと、学ぶだろう。
 一方では、安全保障諸法が成立してしまっている。国は兵隊を必要としている。この記念会館は若者やその家族に、国のために命を捧げる準備をさせる教育の場にされてしまっている。海上自衛隊の隊員が多数見学に来ていた。お国のために死んでいった若者を賛美する石碑もあった。
 統制国家、軍事国家へと目指している勢力が、戦争中の若者の死を礼賛することによって、庶民に麻酔をかけようとしている。日本という国は、重大な局面に立たされていると思う。(2016.6.1)

第61号「子どもたちに幸せな未来を」

昔あったづもな通信 第61号         
小澤俊夫

 昨年国会で強行採決された「安保関連法」は、ついに施行されました。現在と将来の若者を戦争に駆り立てる準備が整えられつつあります。7月に予定されている参議院選挙では、自民・公明党に絶対に勝たせてはなりません。そのためには野党が小異を捨てて、護憲、反原発、安保法廃棄で団結しなければなりません。そして、毎日の生活のなかでは、お母さんたちが安心して子供を預けられる保育所を、国家の責任でちゃんと整備させなければなりません。若者たちが将来への夢を持って働ける職場を整えさせなければなりません。
 ぼくは昔話の研究者であり、庶民が伝承してきた貴重な文化財としての昔話を、その美しい姿のまま、壊さないで伝承しようと主張している人間なのですが、日本が戦争する国になってしまえば、庶民の伝承文化財などあっという間に壊されてしまいます。そして、若者たちは殺し合いの場に駆り出されるのです。そんな日本にすることは決して許せません。そこで、昔ばなし大学としても、初めて、子どもたちに幸せな未来を贈ろうという講演会をすることにしました。
参議院議員として国会で護憲、反原発、安保法廃棄で頑張っている福島みずほさんに来ていただいて、直接お話をうかがい、勉強しましょう。ぼくたちの意見も聞いていただきましょう。そして会の参加者同士の連帯も強めましょう。子どもたちに幸せな未来を贈るために。(2016・4・8)

昔ばなし大学 講演会
「子どもたちに幸せな未来を」
 講演・進行 小澤俊夫
 ゲストスピーカー 参議院議員 福島みずほさん

福島みずほさんは、参議院予算委員会などで安倍首相に鋭く切り込んでいます。
数年前、「子どもゆめ基金」が廃止されそうになったとき、ぼくは全国の署名を集めたのですが、そのとき力になってくれて、廃止から救ってくれたのが福島さんでした。今回、お忙しい中、ぼくの希望を受け入れて、ぼくとジョイント講演会をすることになりました。福島さんのお話を真近で聞けるいい機会なのでどうぞいらしてください。
小澤俊夫


■演題 「子どもたちに幸せな未来を」
■日時 5月24日、火曜日。午後6時45分から8時30分まで。
■ 会場 武蔵野公会堂
   (JR吉祥寺駅、京王井の頭線吉祥寺駅公園口徒歩2分)
*会場は以前、国立オリンピック記念青少年総合センターとお知らせしましたが、武蔵野公会堂に変更になりました。それに伴って、申し込み不要になりましたので、知人、友人の方々も誘ってご自由においでください。
■入場料 500円 当日、会場で申し受けます。

問い合わせ先: 小澤昔ばなし研究所
〒214-0014 川崎市多摩区登戸3460−1  
パークホームズ704
       e-mail :mukaken@ozawa-folktale.com
        Tel/fax: 044-931-2050



第60号 KUMON NOWスペシャルインタビュー(後編)

昔あったづもな通信 第60号
小澤俊夫

(前号に続き、公文教育研究会インタビュー再録の後編をお届けします。後編のオリジナルサイトのURLは、http://www.kumon.ne.jp/kumonnow/special/029_2/です)

KUMON NOWスペシャルインタビュー
「子どもには自ら育つ力がある
昔話に込められたメッセージに
耳を傾けてみよう」(後編)


研究者になるために決意した3つのこと
ぼくは大学での研究生活のあと、1992年に「昔ばなし大学」を全国で開講し、1998年に「小澤昔ばなし研究所」を創りました。グリム童話に始まり、昔話をずっと研究してきたわけですが、その間、迷いは一切なかったですね。
大学入学時、専攻していたドイツ文学では、優秀な仲間がたくさんいて、それに比べると自分は並の研究者だと気づきました。でも、昔話の研究者になりたい。そのためにはどうしたらいいか、3つのことを考えました。1つは幅を広げないようにすること。2つめは人より3倍時間をかけること。3つめは人より長期間やること。その原則でいままで来ています。逆に才能のありすぎる人はいろんなことをやりたがり、まとまった成果を上げられなくなります。学生たちを教えていた頃にも、よくこの原則の話をしました。
大学院卒業後、東北薬科大学でドイツ語を教えながら、グリムの勉強もずいぶんしました。初めてドイツへ渡航したのは36歳のときで、研究者としては遅いほうです。でもぼくは「いつか行けるだろう」と考え、焦らなかった。最初は世界のメルヒェンの百科事典を制作する手伝いのために半年間、その数年後に客員教授として招かれ、家族同伴で2年間ドイツに暮らしました。
「昔話は聞くのが楽しい」というのは、フィールドワークで実感していたので、息子たちにも聞かせたりしていました。そして今は孫に読んでいます。いや、逆に孫が読んでくれますね。もちろんぼくは、相づちを打ちながら一生懸命聞きます。相づちは、語りと対なので、とても大切です。お父さんもお母さんも、子どもが何かを言ったら、聞き流さないではっきり相づちを打って聞いてくださいね。


昔話は人間の成長の姿を語っている
大学で教えていた時は、学生を連れてあちこちの農村を訪ね、土地のおじいさん、おばあさんに聞き取りして、昔話を調べていました。ある78歳のおじいさんは、「うちのじんつぁま(=じいさま)から聞いた」と、12話も語ってくれました。「じんつぁま」から聞いたのは8歳くらいの時までで、大人になっては二度兵隊に行っているし、お孫さんにも語ったことがないという。なのに、なぜ70年前の話を思い出して語れるのか、不思議でした。
でも、1話終わると、ひじをついてじっと思い出している姿を見て気づきました。思い出しているのは昔話だけではなく、「じんつぁま」のたばこのにおいや囲炉裏のにおい、周りの暗さ……話を聞かせてくれた「じんつぁま」全体とその情景全体なのだ。それで昔話も思い出せたのだ、と。
「じんつぁまのこと、思い出すだろうね」と言うと、「うん、思い出すね」。その一言でぼくはそれを確信しました。話の言葉を覚えるのとは違う、語り手の姿、ぬくもりを覚えている。「じんつぁま」との強い人間的な結びつきがあるから、その「じんつぁま」が語ってくれた昔話を思い出せるのです。そうやって昔話は語り伝えられてきたのです。
そのおじいさんが「じんつぁま」から語り継がれてきたように、昔話は、おじいさん、おばあさんが孫に伝える「隔世遺伝」です。おじいさんは、昔は悪ガキだったわが子でも、今は親をやっている姿を見ているから、「子どもはちゃんと育つ」ことがわかっています。
昔話というと、「はなさかじい」など教訓ものが有名ですが、昔話にも「子どもの成長」が織り込まれています。教訓ものに登場するのは、じいさんかばあさんで、良いじいさんは最後まで良いじいさんと性格は変わりませんが、多くの昔話は主人公の性格は変わります。はじめは間が抜けていても、最後は賢くなる。
「三年寝太郎」のお話が好例です。寝てばかりいる若者が、あるとき悪知恵を出して長者の娘の婿になる話で、大人は「道徳的によくない」と言います。でも、ちょっとした悪知恵を働かせることは誰にでもあり、その意味で本当の人間の姿を伝えています。そして、「寝太郎」の姿は「若者の変化」そのものです。だからぼくはこの話が大好きです。
若いときにはいい加減でも、30~40歳になればちゃんとやっている。そんなぼくの「寝太郎理論」にあてはまる人はいっぱいますよ(笑)。ぼくは長い間大学で教えましたが、勉強しない学生がたくさんいました。でも卒業して20~30年も経つと、皆、すまして立派な大人になっていますから。


子どもは「育てる」のではなく「育つ」もの
大人は子どもを信頼しよう

昔話からわかるように、子どもは自らの力でちゃんと育ちます。それを理解し、子を信頼すればよいのですが、今は、親が子どもに口を出し過ぎてはいないでしょうか。
もみの木をご存じでしょう。我が家の息子たちが小さいとき、クリスマスツリーにしようと、庭にもみの木の苗を植えたら、少しずつ先の尖ったきれいな形に育ってきた。クリスマスが楽しみだと思っていたら、それらしく揃い始めていた上の方を、ある日植木屋さんにバッサリ剪定されてしまいました。がっかりしたんだけど、しばらくするとまた見事に先の尖ったきれいな形に戻ったのです。もみの木は「おれの姿はこういう姿なんだ」と主張しているのです。
もみの木でさえ、自分の意思を持ち、復元力がある。だから人間の子だって、「自分はこういう姿でありたい」という意思をもっているはずだと思うのです。大人が脇から「こうしなさい」「早くやりなさい」「もっとたくさんやりなさい」などと言うのは、大人の支配欲ではないでしょうか。大人がやるべきことは、子どもがもみの木みたいに、すくすく生きていけるよう手助けをすること。信頼し、育つ環境を作ってやることです。今、子どもはあまりにも手を加えられ過ぎている。人は盆栽ではないのです。
ぼくの母は、ぼくらの手が離れたころ、「わたしはうちのなかで空気のような存在でありたいと思っていたのよ」とポツリと言ったことがあります。空気はふだんはその存在に気づきませんが、でもなければ生きていけません。父はぼくらの家が戦後貧しかったときに、音楽好きなぼくらのためにピアノを買ってくれた。「こんなに貧乏なのに……」と、親戚からは批判されたようですが、父は「おれの自由教育が正しかったかどうかを証明するのはお前たちだ」とぼくらに言ったことがあります。ぼくは「証明できないはずはない」と思いましたね。父も母も、ぼくら子どもたちを完全に信頼していました。
その目で見ると、現代の親子関係の状況はとても気がかりです。「子どもは無限の可能性を持っている」とよく言いますが、それは「大人が干渉さえしなければ」という条件つきです。幼いときから、大人が子どもの可能性を一生懸命つんでしまっていないか、心配です。子どもは自ら成長し、変化するもの。そうした当たり前で大切なことを、昔話は教えてくれています。大人は、慌てずに焦らずに、子どもたちを信頼して、温かく見守っていてください。(了)
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